松田デレク:ディスカッサントコメント

国際シンポジウム:平等国家ノルウェーの「サクセスストーリー」
ディスカッサントコメント

松田デレク お茶の水女子大学国際教育センター/グローバルリーダーシップ研究所講師


私は国際教育及び移民研究の立場から発言をさせていただきたく思っております。リングローズ教授のご発表にもありましたが、ノルウェーはジェンダー平等に関わるランキングにおいて上位に位置付けられることが多く、ジェンダーの問題を抱える国々はノルウェーの経験そして現状から学ぶべきポイントが多いように考えております。

また、今回はポジティブに捉えられがちなノルウェーのジェンダーを含む平等の実情についてリングローズ教授は批判的に捉え、あまり語られない部分について学ぶことができたと考えています。私は本シンポジウムのタイトルにもなっている「平等」について何度も考えさせられました。国際教育の分野において「平等」とは、結果としての平等を指すことが多く、結果までの過程では「平等性」よりも「公正性」を重要視する傾向にあります。それは、下のイラスト(図表1)のように、隣の野球場を見ることが結果として必要ならば、台の配分を工夫して結果が同じになることを目指します。つまり、背の高い人には渡される箱は少なくなり、背の低い人には渡される箱の台数が多くなります。これは必要とする人には多くの支援を提供し、結果としての平等をつかんでもらうと言い換えられるように思います。公正な支援が平等な結果をもたらす一つのわかりやすい説明だと思っています。「平等」についてこのようなことを考えながら本日のお話を伺っておりました。

図表1:平等と公正
イラスト:https://interactioninstitute.org/illustrating-equality-vs-equity/

 

ここからは私が今回のご発表で特にコメントをさせていただきたいと思う部分です。私の話は「平等」とは何かと考えていただく小さなきっかけとなれば幸いです。

本日の講演では女性のみならずノルウェーにおける社会的にマイノリティな立場に置かれた人々の話も挙がりました。LGBTQの人々、外国籍の人やその子ども、そして先住民の人々でした。私はこの中でも移民の人々に焦点を当てたいと思います。

ノルウェーの人口の18.2%が外国人あるいはその子どもたちであるとお話がありました。日本に目を向けますと現在、総人口に占める在留外国人の割合は2.3%を超えたところです。2012年を境に外国人の人口が増加傾向にあり、日本人の人口が減っている中、外国人人口は毎年増加しています。そして、その性別構成を見ると女性の方が多いことがわかります。

図表2:日本在住の外国人数の推移と男女割合
法務省統計資料:https://www.nisshinkyo.org/news/pdf/L-2019-2.pdf

 

ご覧の通り日本における移民女性の数は男性よりも多少多いですが、実は移民女性に特化した研究はあまりされておらず、彼らが抱えている問題についてあまり実態がわかっていません。欧米の研究では、移民女性が抱える課題としてジェンダーによる障壁、そしてエスニシティによる障壁の「二重の障壁」がよく取り上げられます。右の図(図表3)は、在日南米人向けの情報誌に載っている求人情報です。男女別の時給がはっきり書かれていたり、はっきりと男女別の時給と掲載していなくても時給の幅を大きく持たせて、女性が実際には男性よりも低い賃金であるケースが多くあります。

右:図表3:在日南米人向けの情報誌掲載の求人情報

また、在日外国人の中でも特に「ニューカマー」と呼ばれる1980年代以降に来日した人々を国籍別に見ると中国、フィリピンやブラジルからの外国人が目立ち、それらの国では未だ夫が外で働き、妻が家事・育児に専念するという伝統的な性別役割分業意識が根付いています。よって、来日してからも家庭内において子育てや家事は女性が担当することが多くあります。また、ニューカマーの多くが単純労働に従事していることが多く、夫の給与だけでは家計を支えることが困難なことから妻が外でも働き、家庭の中でも働く環境を強いられています。

1990年代の終盤から、出稼ぎ目的の来日が長期化するケースが増え、日本で子育てをする外国人住民は少なくありません。全国の小学校から高等学校に通う外国籍の子どもは93,133人います。その中で日本語指導が必要な児童生徒は40,485人です。日本語指導が必要な子どもの判断は各学校に任せられており、具体的な基準が存在しません。また、日本国籍を持つ生徒の中にも、両親が国際結婚をしていたり、日本に帰化していたりと、家庭での日常言語が日本語ではない子どもたちがいて、支援の対象に含まれます。このような子どもも含めると日本語指導が必要な子どもの数は5万人を超えます。日本の人口統計は国籍別になっているだけなので、外国につながりをもつ子どもの実数はそこからはみえません。そのため、文科省のこのような統計を通してでなければ、実際に支援をする必要とする子どもの実態が見えないのです。

参考:文部科学省「日本語指導が必要な児童生徒の受入状況等に関する調査(平成30年度)」



下の図(図表4)は、外国にルーツを持つ子どもが抱えている課題の大まかな分類です。

図表4:外国にルーツを持つ子どもが抱えている課題

外国にルーツを持つ子どもが日本生まれか否かにかかわらず、家庭で日本語を日常的に使用することは少ないです。保護者の言語が話されるか、保護者の言語と日本語が混合で話されることがよくあるケースです。よって、子どもたちは基礎的な日本語能力を持たずに小学校に入ることがしばしばあります。また、言語学的にみるとコミュニケーションに使用する言語と物事を論理的に捉え、抽象的な概念などを掴むための学習のための言語には大きな違いがあり、外国にルーツを持つ子どもはこのような言語の習得にも苦戦をすることがよくあります。学習のための言語の習得が上手くいかず、学校の成績に影響することもあり、高等学校への進学が難しいケースがよく見られます。また、学校では勉強だけでなく、日本の学校文化に馴染む必要性も出てきます。部活動や友人関係、各種行事への取り組みなど、保護者の理解が得難いものばかりです。そのため、子どもは学校と家庭の狭間に立たされることが多く、自分自身のアイデンティティについて悩むことがよくあります。このような子どものためのサポートも整っておらず、自己実現のための情報などが不足しており、導いてくれる存在となる大人が不在となっている状況です。

先ほども述べましたとおり、外国籍の母親は外でも働き、家でも働きます。子どもの教育に関わることは母親が見ることが多いのが現状です。

下の図(図表5)は、外国籍の保護者(特に母親)に向けられた学校の教師の視点と外国籍の保護者が持つ視点を示したものです。

図表5:教師の視点と保護者の視点の差

日本の学校では一般的に諸連絡は子どもを通じて行われることが多いです。学校から出されるプリントや子どもの連絡帳などを通じて、保護者が学校でどのようなことが行われ、どのような準備を子どもにさせるべきか把握します。しかし、日本語のわからない保護者にとって学校から出されるプリントがどのような役割を持っているのか、また保護者がしなければならないことが自国と異なった学校文化であるため理解できずにいます。そして、子どもは日本語を自由に使えることができると思っている保護者が多いため、子どもの通訳してくれることのみを信じて行動することが多いです。よって、実際にプリントに記載されている持ち物を持たせることや出席しなければならない行事などについては対応することが難しく、学校の教師はこのような状況が続くと保護者は子どもの教育に関心がない、また非協力的であると写るのです。しかし、様々な調査結果が、外国人保護者は子どもの教育のために働くなどしていて、教育の優先順位が高いことを示唆しています。日本には外国人学校やインターナショナルスクールなど様々な形態の学校が存在しますが、保護者の多くは子どもの将来を考えて戦略的に日本の公立学校に通わせているということもわかっています。しかし、学校に入ってからは誰に、どのように支援を求めるべきかわからず、子どもに頼っている部分があります。

母親の存在は子どもにとって大きいですが、学校側でマジョリティと関わることが多くなる子どもにとっては母親がマイノリティ側の人間であるという認識が芽生え、子どもが成長するに連れて、母親としての尊厳が保てなくなり、教育をするのが困難になっていきます。このようなこともあり、子どもの母語教育や母文化の保持というのがますます困難となる別の問題にもつながっていきます。

このような母親が抱えている課題については、日本ではあまり知られておらず、また研究も少ないのです。外国人家庭の中はマジョリティ側である日本人から見られることは少なく、このように二重の障壁の中で生きる在日外国人女性の権利やニーズについてもっと目を向けるべきであると考えています。結果的な平等につながるサポートの必要性は研究などを深め、実態を掴むことがその第一歩だと考えます。

しかし、私がここで強調したいことがあります。「平等」は使い方では非常に危険な言葉のように思っています。日本の教育の中でも「平等」という言葉をよく聞きます。外国人児童生徒が多く在籍する学校に子どもを通わせる日本人保護者からは「外国人の子どもを特別視しており、私達の子どもの教育が疎かになっていないか心配だ。平等に扱ってほしい。」という意見を聞くことがあります。学校の教師は全ての児童生徒に「平等な教育を」という観点から、このような指摘を受けると恐れて、外国人児童生徒への教育支援に影響が出てしまうことがしばしばあります。また、外国にルーツを持つ子どもに他の日本人の子どもと同じようにすごしてもらいたい、歩んでもらいたいという気持ちから、知らない間に日本に同化していくような教育方法を導入している教師がしばしばいます。私はこのような同化教育とも呼べる教育のあり方に疑問を持っています。今後、日本がより「平等国家」として成功するためにはマイノリティへの教育だけでなく、マジョリティへの多文化共生社会実現のための教育が大切であると考えています。これは多文化教育の生みの親である、米国の教育学者のジェームス・バンクスも訴えていることです。

今後も外国人住民が増加していくことは政府の外国人労働者政策からも推測できることかと思います。ジェンダーを含む平等先進国であるノルウェーを参考にして日本も部分的に取り入れるべき政策などがあるとは思いますが、もっと日本の実態に則った政策や日本式の平等国家への道を見出すことが重要だと考えます。また、日本はこの先どのような道を選んでいくべきか、日本人一人一人が自覚を持って選択していくべきだと考えています。

日本の総人口に占める割合は2.3%に過ぎない外国人住民ですが、このようなマイノリティの問題についても目を向けて、その解決に取り組む姿勢が本当の意味での「平等な国家」の実現であると考えています。ここでは「平等」、そして「公正」という言葉を使用してきましたが、このような言葉の概念についてノルウェーではどのように捉えているのでしょうか。もし、お時間があれば、リングローズ教授のご見解を後ほど伺いたいと思います。


松田デレク

お茶の水女子大学国際教育センター講師(グローバルリーダーシップ研究所講師兼務)。研究分野は、多文化教育、異文化間理解、移民のルーツとルート、異文化間教育。学部教育時代からこれらの課題の研究に取り組んでおり、在日ペルー人の保護者が直面する課題とそれに対する日本社会側の対応についてなど、関連テーマの論文を発表している。現在は、文化間や国境を移動する子どもの教育支援の再構築を検討するべく、研究プロジェクト「外国人児童生徒の文化変容の実態からみる新たな教育支援」(科研費若手研究、2019~2022年度)を進めている。