English 国際シンポジウム:平等国家ノルウェーの「サクセスストーリー」基調講演 ノルウェーのジェンダー平等:進展とパラドクス ビデオは英語です。講演内容の日本語訳はこちら。 プリシラ・リングローズノルウェー科学技術大学教授 要旨 「北欧諸国が平等主義であるというイメージは、純粋な観察から生じたのもではない。ほとんどの国家的神話がそうであるように、主要人物たちにより、学術的・政治的文脈の中で入念に再生され続けているのだ。」 シモーヌ・エイブラム(2008) 『ノルウェー神話の再生産:平等主義とノルウェー』(CTTC報告書)よりReproducing the Norwegian Myth: Egalitarianism and the Normal 本基調講演は、ノルウェーのジェンダー平等研究の主要領域である、就労、家族生活、生殖、LGBTQIの課題、国内の少数民族と移民について、エイブラムの議論を念頭に分析する。各領域における最新の議論はどのようなものか?その成果はどういう文脈で意義深いと称賛されるのだろうか?または、エイブラムが指摘するとおり、それらの領域におけるジェンダー平等は、入念に構築された国家的神話を維持するための、学者や政治家による誇張なのだろうか?統計的には、ノルウェーは、国際機関やNGOが発表する報告書において、ジェンダー、平均寿命、国民総所得、ジェンダー・ギャップ、母親への福祉の面において上位にランク付けされている。しかし、これらの統計は、平等に注力することで生じているひび割れを包み隠しているのかもしれない。ジェンダー研究者たちもまた、神話的なジェンダー平等国家モデルの構築の片棒を担いでいるのかもしれない。しかし、ノルウェーのジェンダー研究者たちは、福祉国家が成し遂げたジェンダー平等の成果を概ね認めつつも、その「サクセスストーリー」に疑いの目を向けることを忘れていないのだ。 講演内容日本語訳 イントロダクション ノルウェーは日本と同じくらいの面積ですが、人口はあまり多くなく、500万人くらいです。強いスカンジナビア・アイデンティティを持っていますが、ヨーロッパの北端に位置し、EUに参加しない選択をしていることもあり、政治的にも地理的にもヨーロッパの中では周辺的な存在です。 ノルウェーは、進んだ平等国家として世界的に知られています。2019年の国連開発計画の人間開発指数の順位は世界1位。この指数は、平均余命、教育、所得の指標の総合評価です。最新の国連の世界幸福度ランキングでは世界5位、2020年の世界経済フォーラムのジェンダー・ギャップ指数では世界2位、セーブ・ザ・チルドレンの「母親になるのにベストな国」ランキングの最新結果では世界2位の評価です。 ノルウェーは、典型的な北欧福祉国家モデルの国と言えるでしょう。このモデルの特徴は、政府の信頼度が高いこと、ジェンダー平等レベルが高いこと、公共事業への投資が充実していることです。ノルウェーについては失業率が低めであるという点もあります。 また、ノルウェーには、国家フェミニズムがあります。60年代、70年代、80年代を振り返ります。国家フェミニズムの母として知られるヘルガ・ヘルネスは、国家フェミニズムを、女性と男性が国の意思決定機関とサービスに等しくアクセスできること、と定義しています。ヘルガ・ヘルネスはこう説いています: ・女性が住みやすい国は、女性に対し、男性に求められる以上の厳しい選択を迫らない。 ・性別を理由にした不当な扱いを許さない。 ・女性は子どもを産み、かつ、他の自己実現の道も開かれている。 ・女性たちは男性に課される以上の自己犠牲を負うような道を選ぶ必要はない。 さて、国家フェミニズムはどのような成果をあげてきたのでしょうか?また、ノルウェーの平等主義はどのくらい平等なのでしょう?白雪の楽園にもトラブルはあるのでしょうか?この問いに答えるに当たり、いくつかのジェンダー政策と課題、そしてそこに内在するパラドクスについてお話しします。 パラドクスとは「不条理または矛盾しているようにみえる説で、調べると十分な根拠があったり真実だと証明される可能性があるもの」です。 そして、ノルウェーの平等物語にパラドクスがあるという意味は、ノルウェーはジェンダー平等のモデル国家のようでありながら、深く掘り下げてみると、それは見かけほど美しい話ではないということです。今日のこの講演では、私はノルウェーの平等性に批判的な目を向けますが、同時に、真に挙げられている成果についても確認していきます。 このパラドクスについての研究を進めている研究者のひとりが、イギリス、ダーラム大学の人類学教授、シモーヌ・エイブラムです。エイブラムは、ノルウェーの政治学者が、福祉国家ノルウェーについて書いている文章を研究しています。エイブラムは、学者たちが、初期の参政権法成立以来、ノルウェーは並外れて民主的で、さらにそれを進化させている国家であると、過剰に美化していると批判しています。 エイブラムは、これは理想化されたノルウェーの描写だと論じ、それとは異なるノルウェーの社会政治の側面を例示しています。合わせて、エイブラムは、同じ学者たちがノルウェー語で書くときには、ノルウェーの平等主義についてずっと批判的な論調であると指摘しました。 ここからは、ノルウェーの平等の様々な実情について見ていきます。具体的には、教育、就労、家庭生活とリプロダクション、LGBT、国内のマイノリティと海外からの移民マイノリティ、権力と意思決定です。 全体的な傾向と近年の法制 初めに、ノルウェー統計局が作成している「ノルウェーの女性と男性」という報告書をもとに、全般的な傾向についてお話しします。 ノルウェーでは、核家族の時代は過ぎ去ったといえます。代わりに増えているのはひとり暮らしの世帯です。これは戦後の時期と比べるとはっきり異なっている点です。当時は結婚をすることが当たり前で、単身世帯の数はとても少なかったのです。1970年代のはじめから結婚の数は減りはじめ、同時に離婚の数が増加しました。結果的に単身世帯の割合は2倍以上に増えました。 合わせて、男女ともに結婚が遅くなりました。1970年代のはじめの結婚年齢の平均は、男性が27歳、女性が24歳でした。これが2016年には、男性38歳、女性35歳にまで高くなっています。結婚の数が減少している原因のひとつは、カップルが同居する形の変化です。結婚の数は減る一方で、結婚という形を選ばずに同棲するカップルが増えているのです。結婚をしたカップルの離婚率も高くなっています。離婚したカップルの平均的な婚姻期間は12〜13年で、その値は1980年代から変わっていません。 同じ性別のカップルについては、同居パートナー登録の権利は1993年から、養子縁組と婚姻の権利は2009年から認められています。2015年には、ノルウェー国教会で結婚式を挙げることも可能になりました。 以前と比べると、女性の第1子出産年齢の平均は高くなっていて、それが出生率にも影響を与えています。現在の出生率は、60年代のベビーブームを経たのちに値が低めとなった1980年代と同じレベルです。2018年の合計特殊出生率は過去最低の記録の1.56でした。2009年から毎年低下しています。10年間の減少幅は、女性ひとり当たりおよそ0.5人です。 ここで、この関係の二つの法改正についてお話しします、ひとつは今年、もうひとつは2016に施行されました。ひとつめは生殖医療関連です。2020年5月のノルウェー生殖技術法の改正により、初めてドナーからの卵子提供と、独身女性が生殖補助医療を受けることが合法化されました。ドナーからの精子提供は、すでに長年にわたり実施されています。生殖技術委員会は、この決定により不妊に悩む女性も不妊に悩む男性と同様の補助医療が受けられるようになったと述べています。 もうひとつの重要な法制は、2016年の新保健法です。この法案にはトランスジェンダーに関するものが含まれています。2016年、ノルウェーは、ヨーロッパで4番目に、自己決定により法的な性別を変えることができる国になりました。それ以前は、性別を変えるには精神科の医師による審査や診断、不妊手術を受ける必要がありました。 就労 次は、就労における進展とパラドクスについての概要です。1970年代のはじめ以来、ノルウェーの女性の労働参加率は45%から75%に上昇しました。現在の数値は、ヨーロッパの中でも最高レベルです。とりわけ顕著なのが、幼い子どものいる母親の労働参加率です。幼い子どものいる母親の83%が雇用されています。就労における平等は、ジェンダー平等の判定において最も重要視される基準のひとつです。これは、経済、男女の経済的独立性、家庭内の平等に大きく影響します。労働参加率の格差は解消されてきていますが、就労における他の様々な要素において、ジェンダー平等の課題はまだいくつもあります。 ノルウェーにおける男女の所得差は、OECD諸国の中でも一番少ないレベルです。とはいえ、女性の所得は男性の86%に留まっています。収入格差は低所得層では小さく、高所得層で大きくなっています。高所得層の女性の収入は同じ層の男性よりも17%少なくなっています。ノルウェー政府は、この差を解消するべく新しい法を制定し、企業に圧力をかけています。2020年制定の平等・反差別法では、50名以上の従業員がいる企業は、半年ごとに男女の所得格差解消とジェンダー平等達成の進捗状況を報告することが義務付けられました。 ノルウェーは、男女の所得格差解消の面では世界トップクラスの成果をあげていますが、ある特定の点において、十分な成果をあげることができていません。女性の就労率は高い反面、どんな仕事に就いているかが大きくジェンダー化されているというパラドクスがあります。教育と職業を選択する際に、男女間に大きな違いがあるのです。女性の多くは公共部門で職を得る一方で、男性の多くは民間部門で職を得ています。女性が多い職種は教育、保健、行政分野で、男性が多い職種は製造、建築、輸送分野です。 同様に、学位取得に関しても、健康と福祉分野の学位取得者の83%は女性ですが、コンピューターサイエンスでは20%に留まっています。男女間の教育と職業選択の違いは根強く残っているものの、近年は、伝統的に男性向けと考えられていた専攻や職業を選ぶ女性が増えてきています。この変化を促進する組織的な取り組みの例をご紹介します。NTNUのADAプロジェクトは、工学系の専門科目を、女子学生にとって魅力あるものにしようという試みです。そして、修士課程のエネルギー・環境工学コースでその目標を達成したことを誇りにしています。このコースは、女子学生が増加した結果、プロジェクトADAの対象から外されました。しかし、これとは逆に、女性の領域と考えられてきた専門に男性が足を踏み入れる例はあまり多くないのです。 その一方で、全人口の教育レベルを見ると、ジェンダー格差が広がる傾向があるのです。でもこの格差では、女性が優位なのです。2017年、426の自治体全てで、女性は男性よりも進学率が高くなりました。ただし、高等教育に進む女子学生は増えているにもかかわらず、彼女たちを教育する大学には、はっきりしたジェンダー不平等が存在するのです。そして、この不平等は職位が高くなるほど顕著なのです。研究と教育専門の研究機関、NIFU(ノルディック・インスティチュート・フォー・スタディーズ・イン・イノベーション・リサーチ・アンド・エデュケーション)の2019年の統計によると、博士号取得をめざす大学院生のうち女性は54%ですが、大学の准教授のうち女性は48%に下がります。これが教授になると32%にまで下がるのです。 ワーク・ライフ・バランス 歴代のノルウェー政府により、共働き家庭支援制度は段階的に発展してきました。理想的な家族モデルは、ケアをする人ふたり、就労する人がふたりの形で、男女の双方がフルタイムの仕事を持ち、双方が同等に子育てに携わる生活です。父親たちがますます子育てに携わるようになるという、根本からの社会変化が進んでいます。2014年には、産後に親が取得できる休暇は49週間になりました。育児休暇の一部は父親に割り当てられる、パパ・クオータ制度です。パパ・クオータは導入以来少しずつ長期化され、1993年の導入時には4週間でしたが、2013年には14週間になりましたが、2014年には10週間に短縮されました。2016年には70%の父親が割り当て期間かそれ以上の育児休暇を取得しています。父親が規定されている育児休暇を取得しないと罰則が課されます。不足する日数分が、両親が取得可能な休暇日数の合計から差し引かれてしまうのです。 制度上、育児休暇を父親と母親で等分して取得することはできるのですが、実際には、女性の側が取得可能な育児休暇のほとんどを使っています。そして、相変わらず、無償の家事労働の多くを引き受けているのは女性です。ノルウェー男性が家事に費やす時間の平均は2時間22分であるのに対し、女性は3時間47分です。加えて、受け持つ仕事の内容が異なります。男性が引き受けるのは、より称賛を浴びることの多い仕事で、家の外周の修理や車の整備など。その一方で女性が引き受けるのは、より日常的な家庭内の雑用で、料理や掃除などです。この差は減少傾向にあるものの、子どもの世話はまだまだ女性の仕事とされているということでしょう。 マイノリティ 移民や難民をめぐる課題にも、ジェンダー平等に関するものがいくつもあります。移民と移民の親を持つノルウェー生まれの人の数は、ノルウェー人口の18.2%を占めています。アジアや東ヨーロッパ出身の女性移住家事労働者は、少数でありながらも移民人口の一角を成す存在です。彼女たちがノルウェーに移住するのは、両親がフルタイムの仕事を持つノルウェーの家庭で、クリーナーや、住み込みで子どもの世話や家事を手伝うオーペアとして働くためです。これがパラドクスを生み出す状況になっています。家事労働者の移住が、新しい召し使い階級を作り出しているのです。この使用人の概念そのものが、平等主義の理想に合致しません。この新しいタイプの召し使いは、伝統的かつ階級的な労働分業を再生産するという矛盾を引き起こしています。ある意味、ノルウェーの家庭に来る女性移民労働者たちは、ノルウェーの中流家庭内のジェンダー平等に「仕えて」いるのです。女性労働者たちが「昔ながらの」女性の仕事を請け負ってくれるおかげで、ノルウェーの女性たちはその仕事から解放されるのです。こうした状況は、ジェンダー化と人種化と階級化という亀裂を生み出しているのです。 移民受け入れに対する懐疑も、右派の連立政権が進める最近の移民政策に現れています。2015年のヨーロッパへの難民の大量流入の時期、ノルウェーには毎月8千人の難民が到着していました。難民の急激な増加は、次々と繰り出される移民制限措置の論拠とされました。アフガニスタンからの難民を、アフガニスタンに送り返そうという圧力もそのひとつです。戻ることに危険はないということが口実でした。その結果、ノルウェーの難民政策はアムネスティ・インターナショナルや他のNGOから強く非難されました。 もうひとつの、平等国家ノルウェーの立場に疑問を投げかける要素は、国内の少数民族への対応の歴史です。少数民族のひとつにサーミがいます。彼らはノルウェー、スウェーデン、フィンランド、ロシアにまたがる地域に住む先住民族です。ノルウェー国内のサーミの人口は約4万人で、北部に住んでいます。ノルウェーが公式に認知している少数民族グループは、ユダヤ人、ロム、ロマーニ・クヴェン、スコグフィンです。19世紀から1980年代まで、ノルウェーの少数民族は厳しい差別的待遇を受け、文化、言語の面でもノルウェー人化することが強制されていました。ノルウェー人化は政府主導の公的施策で、ノルウェー語を話さない先住民族を民族的・文化的に単一なノルウェー人に同化させるためのものでした。一例を挙げると、1930年代の寄宿学校制度があります。そこではサーミ語の使用が禁止されていました。 21世紀にはいり、ノルウェー政府は、「ノルウェー人化政策の対象となったサーミとクヴェン/フィンランド系民族の経験と、その経験が民族グループおよび個人にもたらした影響を認知する基礎を築く」ための委員会(真実と和解委員会)を設立しました。委員会の最終報告書は2022年9月に出される予定です。 ノルウェー化政策が中止に漕ぎつけたのは、1980年代のことです。この政策そのものはもう存在しませんが、このやり方は引き継がれているという意見もあります。近年の移民マイノリティのうちでも特に、西洋以外の国や、イスラム教国出身者に対しては、ノルウェー人が共有する価値観や社会規範に同化することが期待されているからです。ここには痛烈なパラドクスがあります。ノルウェーの平等主義そして「ひときわ進んだノルウェーのリベラルな価値観」の前では、西洋社会以外からの移民の文化は、劣っているとみなされるのです。 権力と意思決定 権力を持つ立場や意思決定機関のジェンダーバランスをとるという原則は、徐々に国内に根付いてきました。女性、そして他のマイノリティが、社会全体において、権力をもつ立場や意思決定機関に存在することは、民主的で平等な社会の発展のために重要なことです。 2002年、女性の権利の草分けとして、ノルウェーは、世界で初めて、民間企業の重役会を対象とする女性クオータを設け、民間組織にもジェンダーバランスのルールを適用しました。政府は、重役会の40%を女性にするという法律を成立させました。国有企業には12か月、650ある民間企業には3年の猶予が、基準を満たすまでの期間として与えられました。この動きは物議をかもしました。いくつかの企業は、適任な女性の数が足りていないと主張しました。すでに地位を確立していたビジネス・ウーマンたちは、このクオータは差別的だと異議を唱えました。私たちのセンターの調査結果は、政策に効果があったことを示しています。女性の代表性が高まったことにより、意思決定プロセスのプロフェッショナル化が進みました。女性が意思決定により参画するようになったことによる経済効果についての結論はまだ出ていません。しかし、間違いなく言えるのは、この政策が、女性が企業の意思決定に影響を与える道を固めたということです。 最後に、議会の女性について簡単にお話しします。1945年から1960年代の終わりごろまで、国会や地方議会に女性議員はほとんどいませんでしたが、1960年代の終盤から、女性議員の数は目立って増加し、1969年に10%未満だった女性割合が、1993年には40%になりました。以降、前回の選挙に至るまで、女性議員の割合は40%前後を維持しています。 おわりに ノルウェーのジェンダー状況について様々な側面から見てきました。遠くはなれたノルウェーのことがこれでよくお判りいただけたことと思います。この後、日本からのお話を伺うのを楽しみにしています。 プリシラ・リングローズ ノルウェー科学技術大学教授(ジェンダー研究)。ジェンダー研究センターおよび学際的文化研究学部所属。新たに到着した若い移民に関する研究プロジェクト「言語、統合、メディア:移住者への多数派統合アプローチ」(ノルウェーリサーチカウンシル助成、2017~2021年)研究代表者。2012~2016年には「〔ジェンダー〕平等の売買:現代ノルウェーにおける移住の女性化とジェンダー平等」(ノルウェーリサーチカウンシル助成)の研究代表者を務めた。ヨーロッパと中東地域での紛争や移住という状況下での、ジェンダー化または人種化された個人と文化の接点に焦点を当てた研究の成果を多く発表している。