国際シンポジウム:平等国家ノルウェーの「サクセスストーリー」
質疑応答
質問1
ノルウェーでは、どのようにして、国家フェミニズムへの男性たちの協力を得たのですか?インセンティブの提供などはありましたか?
多少の抵抗の動きはありますが、現在のノルウェーの一般的な、そして政治的な議論において、ジェンダー平等の達成を政策目標とすることへの反対はほとんどありません。ジェンダー平等法が成立したのは1978年ですが、ここで重要なのは、この法律はジェンダーニュートラルな制度として策定されたということです。もちろん、きっかけは女性たちの状況を向上させることにありました。しかし、この法がジェンダーニュートラルであることから、男性たちも、自分たちの性別やその他の要因によって差別を受けたと感じた際に、これによる保護を求めることができるのです。
これはインセンティブというよりは、公正さの保証です。これがとても重要な点です。近年は、男性たちが自分たちの権利を守るための運動を組織することも見られます。例えば、離婚の際の父親としての権利です。従来は母親が有利になる傾向があり、男性たちはそれに対して抗議の声を上げています。こうした動きを可能にしているのは、法の基本である、機会の公正の枠組みです。男性たちが他の社会課題について、例えばメンタルヘルスや、そのほかの男性が経験する特有の課題について声を上げることも可能です。全般的に、インセンティブはさほど使われていません。父親の育児休暇ぐらいだと思います。これは、導入した結果、父親たちが好んで利用している制度です。
法の公正性は常に重要視されます。この点は、一般からの支援を確実にする大切な要素です。そして、法律はジェンダーニュートラルでなくてはいけません。現在では、国の政策への反対の声が上がるのは、伝統的なジェンダー役割に戻したいと考える人々からではなく、むしろ、すでにジェンダー平等は達成されていると信じる人々からの、もうアファーマティブアクションは必要ないという主張です。これが現在のノルウェーの状況です。
質問 2
ノルウェーは、どのようにして、このような劇的なジェンダー文化の変化を成し遂げることができたのですか?
プリシラ・リングローズ
端的にお答えするのは難しい質問ですね。ノルウェーの平等主義には長い歴史があります。例えば、女性たちは早い時期からわりと独立していました。1842年には、独身女性が事業をしたり自活したりする権利が認められました。次の転機は1920年代の初めの、婚姻法の施行です。とても先進的な制度で、1927年には、結婚した夫婦の双方は同等の権利を持つということが保証されました。また、この前後の時期に、優れたフェミニストが世に出ており、ノルウェー女性の権利のための女性協会が創立されたのは19世紀中のことです。協会所属の女性たちの中には、参政権運動に参加したメンバーもいます。ノルウェーは参政権については世界に先駆けています(1913年に女性の参政権が認められました)。第二次世界大戦も、平等主義を前進させました。1960年代の新しい女性運動は、所得の平等や中絶、育児の権利を求めるものでした。特にこれという出来事があったからではなく、平等な福祉社会が徐々にできあがってきたと言えるでしょう。
ノルウェー国内での変化のすべてが、教育も含め、相互に関連しています。女性運動はとても重要な役割を果たしており、継続的に、女性が教育を受けたり、教育制度の中で新しい役割を担当したり、平等な権利を持つことを後押ししてきました。また、包括的な福祉国家の制度が、女性と男性の双方が、家庭を持ちながら、進学したり職業的キャリアの追求をしたりすることを可能にしました。第二次世界大戦後の社会状況が、ジェンダー平等社会のための共働きで共に子育てする家族モデルを生み出しました。これにより、男女が共に、大学へ進学したり働いたりしながら家族を持つことができるようになりました。徐々に、新しいジェンダー文化が形成され、よい男性とは、よい女性とは、の一般的認識を変えていったのです。
質問 3
ノルウェーでは、平等の概念はどのように議論されてきましたか?
プリシラ・リングローズ
ノルウェー人にとって、平等主義は彼らの象徴です。平等という価値観はごく当然のことなのです。しかし、問題なのは、平等は同一性と結びつく点です。つまり、私たちはみな同じ、だから平等なのだ、と。違いがある人たちがその構図に入ってくると、どんなことが起きるでしょうか?その人たちも平等だとみてもらえるでしょうか?理論的にはそうです。どんな人であっても平等なのです、それがノルウェーを平等国家にしているのですから。
事実、近年ノルウェーに入国して認定された難民は、経済面では手厚く支援されています。住居、教育、生活費のために、相当の額が配分されています。これはもう議論の余地のないことで、そのような待遇をするのは当然です。しかしながら、社会的統合ということになると話が違います。これを実現するのは本当に難しいのです。
私が一緒に活動している若者たちのことを、一例としてお話しします。ノルウェー人の若者が、同年代の移民の若者についての話をする際、ある程度の理解を示しながらも、ノルウェー人は移民よりも優れているという考えを口にすることがあります。彼らは、ノルウェー人であることを誇りにすると同時に他者を見下していることのパラドクスに気が付いていないのです。ちょっと厳しすぎる指摘かもしれませんが、こうしたことが私たちの調査の中で観察されています。
私たちは、両者の違いについての見方を変えたいと思っています。そしてそれを、日常的な活動のレベルで、別々の教育を受けているグループの若者が会い、話をし、互いを単なる同年配の少年少女としてみることを促す活動をしています。
質問 4
ノルウェーの人たちは、どういうことに幸せを見出しますか?ノルウェーのライフスタイルは、どちらかというとシンプルで、特に贅沢をしているようにはみえませんが。
プリシラ・リングローズ
直感的な回答になりますが、ノルウェーの人たちは、自然の中にいるとき、とても幸せそうです。本当によく自然に親しんでいます。そして、見せびらかしは良くないという考え方もあるようです。それが同一性を生み出しているのですが、社会的な行動だけでなく、家や家具などの資産についてもそうです。しかし同時に、ノルウェー自体はより豊かになってきていて、同一性の標準レベルが上がってきています。
グロ・コースニス・クリステンセン
ノルウェーでは、ファミリー・ライフが重要視されています。そして、家にいる時間は長く、小さな家の中で家族と一緒に過ごします。厳しい気候環境もその要因の一つでしょう。たぶん、多くの人が、そこに幸せを見出していると思います。親子で時間を過ごすことが大切にされていて、それが幸せなことだと考えられています。
シリ・オイスラボ・ソレンセン
構造的な要素について補足します。重要かつ基本的なこととして、ノルウェーは長らく経済的に安定しています。また、経済的な独立、個人個人の安定性、強い福祉国家であることが重要視されています。幸福度の調査で実際に測られているのは、不安や心配の少なさです。この点が、ノルウェーが幸福度調査で高い得点を挙げる理由でしょう。基本的な安心感、例えば経済的な安定性があるからです。そして、就労規定が厳しく決められており、フルタイムの労働者の労働時間は、平均週37.5時間でなくてはいけません。他国と比べると、比較的短い時間数になっています。加えて、このフルタイム労働での収入でまずまずの生活ができるということがあります。ですから、いわゆる「ゼロ時間契約」(最低労働時間の設定のない雇用で仕事がある時だけ雇用者が労働者に呼びかけをする「オンコール労働者」)や、仕事の掛け持ちをしている人はめったにいません。これもまた、幸福度調査で高い評価となる要因でしょう。
質問 5
ノルウェーにも「シルバー民主主義」(高齢者が有権者の多数派となり影響力が増す現象)はありますか?
シリ・オイスラボ・ソレンセン
ノルウェーでも同じような現象はみられます。例えば、高齢者の権利や利益を守ることを目的とした活動をする「年金者党」と呼ばれる政党があります。そしてもちろん、ノルウェーでも他の国々と同じように、高齢化社会への移行で高齢者へのケアがどうなっていくかの心配があります。しかし、ノルウェーでの一般的な議論の傾向は、どのようにして増えつつある高齢者の健康状態を維持するか、にあります。今の高齢者はとても元気ですので。ノルウェーでは、雇用者との合意があれば、62歳で定年退職を迎えることができます。そのため、退職後もとても活動的な生活を送ります。世代間の緊張関係もないわけではありませんが、対立というほどのものではありません。高齢者の関心や動機は別のところにあり、彼らは市民としての存在感を求めていて、老人だからとわきに追いやられるは嫌なのです。そうした心情は、昔よりも強くなっていると思います。
質問 6
結婚ではなく、同居するカップルが増えているとのことでしたが、それはなぜでしょうか?
プリシラ・リングローズ
同居するカップルで、子どもがいる、または2年以上同居生活をしていると、社会保障、年金、税金などの面で、婚姻カップルとほぼ同じ権利があるのです。結婚することへの社会的プレッシャーもありません。
質問 7
民間企業の取締役会の女性の比率を40%にすると決めるとき、なぜ既にキャリアのある女性から反対があったのでしょうか?
プリシラ・リングローズ
反対した女性たちは、取締役になれるかどうかは、実績だけを基準に決定されるべきだと考えていたからです。
質問 8
日本では家父長制的な考えが根強いため、特に「若い」女性が声をあげると、生意気だと考えられ、大きなバッシングを受けます。ノルウェーではこのような傾向がありますか?
プリシラ・リングローズ
正確にこうと言うのは難しいところですが、一般に、社会的にも、職場においても、女性たちは自由に意見を言うことができます。とはいえ、セクシャルハラスメントについて声を上げるのは、まだまだ難しいところがあり、それには複雑な要因が絡んでいます。
シリ・オイスラボ・ソレンセン
最近の研究で明らかにされているのは、男性よりも女性のほうがSNS上で言葉によるハラスメント経験が多いということです。ノルウェー国内で公開の形での議論に参加した時などにです。しかし、通常、そうした被害にあったとき、女性たちは、主流メディアや雇用主、政治家などからのサポートを当てにすることができます。若い女性たちが公的議論に参加することを妨げかねないとして、このようなハラスメントがあることは問題だと認識されています。
質問 9
日本でも、現在特にSNSを通じてフェミニズムの盛り上がり、女性の連帯が進んできています。一方、普段社会から虐げられている状況が当たり前のため、個人的には、差別だと認識していない・気づいていない層もかなり多いと感じています。例えば、いまだに性暴力においてセカンドレイプ的な考えや、性的同意についての理解が進んでいません。女性同士の連帯には何が重要でしょうか。
シリ・オイスラボ・ソレンセン
ノルウェーで女性運動が最も盛んだったのは1970年代です。昔のような運動団体の形は、今は、特定の目的のためのSNS上の運動やキャンペーンにとって替わられています。ノルウェーでも、女性に対する差別についての無知は見受けられます。その原因は複合的なもので、伝統的なジェンダー役割に疑問をもたないとか、女性を尊重する文化と機会の平等などによりノルウェーのジェンダー平等は十分に達成されているという理解などがあるでしょう。とはいえ、ごく最近、2019年のことですが、3月8日の国際女性の日に、フェミニストの運動家たちによる大規模な集会が開かれました。これは妊婦が中絶を選択する権利を脅かす政策決定の動きがあったからです。ノルウェーの女性たちにもまだ享受できていない基本的な権利があるということで、この集会は、継続的な努力の必要性の認識を強めました。また、国際的な#Metoo運動も、ノルウェー国内に大きなインパクトを与えました。様々な組織の女性たちが、セクシャルハラスメントや暴力、レイプについて声を上げました。社会的に可視化すること、認識を高めること、意識の共有が、女性同士の連帯形成のカギになると思います。