国際シンポジウム「最も幸せな国のジェンダー平等」

国際シンポジウム「最も幸せな国のジェンダー平等:ノルウェーのジェンダー研究とファミリー・ライフ・バランス」

【日時】2017年4月25日(火)15:00~17:30
【会場】人間文化創成科学研究科棟604大会議室
【司会】石井クンツ昌子(IGS所長)
【開会挨拶】
 トム・クナップスクーグ 駐日ノルウェー王国大使館参事官
 カーリ・メルビー ノルウェー科学技術大学副学長
 猪崎弥生 お茶の水女子大学副学長

【報告】
 カーリ・メルビー(ノルウェー科学技術大学副学長)
  「ノルウェーおよびNTNUにおけるジェンダー平等」
 プリシラ・リングローズ(ノルウェー科学技術大学教授)
  「ノルウェーの(ジェンダー)平等のパラドクス」
 グロ・クリステンセン(ノルウェー科学技術大学准教授)
  「ノルウェーのジェンダー平等とファミリー・ライフ・バランス」

【コメンテーター】
 石井クンツ昌子(お茶の水女子大学教授/IGS所長)
 小玉亮子(お茶の水女子大学教授/IGS研究員)

【主催】ジェンダー研究所
【協力】ノルウェー王国大使館
【言語】日英(同時通訳)
【参加者数】113名

 

2017年4月25日(火)お茶の水女子大学にて、国際シンポジウム「最も幸せな国のジェンダー平等:ノルウェーのジェンダー研究とファミリー・ライフ・バランス」が開催された。本シンポジウムは、駐日ノルウェー王国大使館の仲介により、ノルウェー科学技術大学(NTNU)ジェンダー研究センターとお茶の水女子大学ジェンダー研究所との将来的な研究連携を目指して企画されたものである。開会挨拶では、大使館のクナップスクーグ参事官、NTNUのカーリ・メルビー副学長、本学の猪崎弥生副学長より、それぞれの立場から、このシンポジウムをきっかけに両機関の協力関係が結ばれることへの期待が述べられた。プログラムは、ノルウェーのジェンダー研究者による研究報告に対し、日本のジェンダー研究者がコメントを述べ討論するという構成で進められた。


最初の報告は、NTNU副学長カーリ・メルビー氏による「ノルウェーおよびNTNUにおけるジェンダー平等」である。日本から見ればジェンダー平等先進国であり、それをナショナル・アイデンティティともしている状況であるが、ノルウェー国内では、さらなる平等推進が求められている。学術界における平等達成もその一つである。例えば、NTNUの理系職の女性比率は40%に達するが、教授の女性比率は24%であり、上級職で女性比率が低くなりがちである点は日本同様である。NTNUの役員会については、少数性別グループが40%を下回らないよう規定するなど、全ての管理職レベルでジェンダー・バランスが保たれることを目標にしている。

また、同じ理系でも分野により女性比率が異なることから、女性比率の低い学部には、特に女性人材育成のための奨学金制度を設けるなどしており、長期的な視点での人材育成、採用計画を進めている。ジェンダー平等推進のための年間予算額は475,000ユーロ(約5,600万円)であり、ノルウェー・リサーチ・カウンシルからのジェンダー・バランス向上助成金も獲得している。過去10年間の経験と成果から、ジェンダー・バランス実現には、現状について細かく調査し、関係者がこの問題について学習し、包括的な施策をするといった、組織全体での取り組みが必要と理解したという。

それに続く、NTNUジェンダー研究センター教授、プリシラ・リングローズ氏の発表「ノルウェーの(ジェンダー)平等のパラドクス」では、ノルウェーのジェンダー平等推進の歴史と現代の課題、そして研究センターで取り組んでいる研究プロジェクトについて報告された。福祉国家制度構築と並行して国家フェミニズムを推進してきたノルウェーでは、1970年代に女性の労働参加率が急上昇し、その状況が継続している現在も、小さな子どものいる母親の就業率は83%と高い。しかし、その内容を細かく見ると、職業の選択や公民の別に「水平の職業分離」とよばれる男女差があることがわかる。例えば、女性は公共部門、そして教育、保健、行政に多く、男性は、民間部門、製造、建築、運輸業に集中している。これが高等教育の専攻選択にも反映されており、福祉分野の学位の女性比率は83%だが、コンピュータ関連では20%となっている。

共働きも父親の育児参加もごく当たり前のことになってはいるが、一日のうち家事に費やす時間は女性が4時間、男性が2時間。育児では女性が6時間、男性は4時間と、家事負担に男女格差がある。また、家事を平等に分担する近代的なカップルの方が離婚率が高くなるというパラドクスも存在するという。

センターで実施されているジェンダー研究は、学際的でテーマも多様である。例えば、女性経営者の服装についての研究では、リーダーとして認められている女性は、伝統的に女らしいとされている装いをする傾向が明らかにされた。また、近年ノルウェー社会の関心を集めている移民に関する研究も進めており、次の登壇者であるグロ・クリステンセン准教授がこのテーマについての報告を引き継いだ。

クリステンセン氏は、研究報告「ノルウェーのジェンダー平等とファミリー・ライフ・バランス」の冒頭で、祖母、母、自分の生き方の比較からノルウェーの女性の生き方の変遷をたどり、70年代生まれである自分たちの世代は、共稼ぎも男女ともに子育てに携わることも、当たり前と考えていると説明した。

現在のワーク・ライフ・バランス達成の背景には、移住家事労働者があり、そのことが孕む社会課題があるという。例えば、ホームクリーニング従事者は東欧出身の女性が中心である。この産業はグレー・マーケットであり、有償といえども低賃金で、労働法に守られていない就労状況であることが多い。住み込みで子どもの世話を中心とした仕事をするオペアは、もともとは文化交流事業であったが、近年はフィリピンからの出稼ぎが多く、彼女らは収入を本国に送金して家族を支えている。つまり、ノルウェーのジェンダー平等な共稼ぎモデルは、グローバルな不平等と人種的な階層構造によって実現されているものだと言える。移住女性労働者の雇用が、彼女たちのエンパワメントにつながるという可能性も同時に存在するが、ひとつの社会の平等が別の不平等に依存して達成されるという矛盾がそこにある。有償労働サービスの活用は、ジェンダー平等をお金で買っていることにつながるという点においても、平等な福祉社会の理想に合致しない面があることが指摘された。

お茶の水女子大学ジェンダー研究所長である石井クンツ昌子氏のコメントでは、ノルウェーと日本のジェンダー平等状況の違いについては、両国社会が目指すジェンダー平等は同じモデルであり、異なるのはその達成度であるという理解が示された。しかしながら、日本においては「ジェンダー」という語の浸透度が低く、むしろ使用が避けられていること、政府は「ジェンダー平等」に代わって、「男女共同参画」という語を好んで使用することから、「平等」の意味がノルウェーと同じようには理解されていないなど、アプローチに違いがあることが説明された。

育児や家事を分担する夫婦ほど離婚の可能性が高くなることについては、日常生活の中での対立が多いためであるという分析が、自らの調査結果に基づき示された。その他、研究センターでの研究成果の一般社会への還元はどのように行われているのか?ノルウェーの親たちはワークとライフの優先順位付けをどのようにしているのか?といった質問が提示された。

結びとして、同じジェンダー平等モデルを目指しているとは言っても、ノルウェーの方法をそのまま日本に持ってきて上手くいくということはなく、互いの文化や歴史的な違いを踏まえた比較研究を進めることで、互いに学び合えることが多くあるだろうと、今後の研究交流への期待が述べられた。

小玉亮子教授からは、まず、本学のジェンダー平等状況は、教員全体の女性比率48.3%と、全国数値25%と比して、とても高い達成率となっていることが説明された。日本においても、男女の専攻選択の違いなどはノルウェー同様存在するが、理学部を含む総合大学である本学は、大学界でのジェンダー平等達成のフロントランナーとして努力したいという抱負が語られた。

リングローズ氏の報告で語られた、ノルウェー社会はジェンダー平等およびセクシュアリティ平等について進んだ理念をもつにも拘らず、異文化社会からの移民に対しては同様の包摂が進んでいないという現状については、驚きが示された。多様化社会実現にあたっては、法により付与される「権利」のみならず、文化的差別の解消など、他にも考えなくてはいけないことがあるのではないか、という疑問が投げかけられた。

また、クリステン氏の報告に対しては、ノルウェーでは、家族意識が強く、家の中での子どものウエイトが大きいと読み取れたことから、その背後には、日本にもあるような、伝統的家族主義や母親性への意識の強さがあるのではないかとの指摘があった。最後に、この場において提起された多くの論点について、長期的に両機関の研究者で議論することへの期待が示された。

日本側研究者の発言に続き、ノルウェー研究者からは、コメントへのリプライや質問への回答があり、議論が進められた。本シンポジウムは、互いの国のジェンダー平等状況についての理解を深めると同時に、両機関の研究協力から新たな知見が得られる可能性を見出す機会となった。シンポジウム企画と並行して、両大学間の協定締結手続きも進捗しており、今後の関係発展が予見される。

記録担当:吉原公美(IGS特任リサーチフェロー)

ジェンダー研究所ウェブサイトIGS通信より転載。